(正)舌先三寸:2240件
(誤)口先三寸:813件
で、単純計算すると全体の4分の1が誤用だった。
ちなみに、
(正)内蔵ハードディスク:25800件
(誤)内臓ハードディスク:1730件
だった。
誤字の典型的な例だと思っていたので、案外間違ってないんだなぁと、妙に安心。
でも、企業系のサイトで、この間違いはどうかと思う。
Webだからってチェックが甘くなっているのでは?
労働の対価として賃金が支払われる。
もし、労働に対してやる気が起きないからといって労働を放棄したら、賃金は支払われない。
「やる気が無いのは、仕事が楽しくないせい。組織のせい。」
と言うのは間違っている。
もし、労働をするのに、「やる気」が必要ならば、自分で作るべきである。
労働が楽しくないのは、当たり前である。
それで、賃金を貰っているのだから。
楽しいことは、趣味でやればよい。
楽しくない事を、楽しむ事で、「やる気」に繋がるかもしれないが、それは自分由来のものだ。
他にそれを期待するものではない。
自分で、そう思うように仕向けた方が良い。
ちなみに、この文章で言いたい事は、「仕事を楽しむべきではない。」という事ではなく、「仕事は自分から楽しみを見つけるべきだ。」という事だ。
結局のところ「自分は悪く無い」「他に原因がある」という意識に問題があるのかなと考えます。
それは「社員のせいにしすぎる管理者」と「会社・社会のせいにしすぎる社員」という構図が「教えたくない経験者」と「育たない若手」を作りだしているのではないかなぁと感じるからです。
二つに共通している厄介なところは、「自分は悪くない」という考えから生まれる「他に原因がある。」というところなのかなと。
そして、そのまま10年20年と経過してしまい、当時「教えたく無い経験者」だった人たちは「人の使い方」のわからない「社員のせいにしすぎる管理者」になり、「育たない若手」は「育たなかった」上に「育てられなかった」ので「教える事を知らない経験者」になってしまった。というのが現在の姿なのかなぁと考えるわけです。
「自分は悪く無い」と思っているかぎり、人は改善しようとしません。「自分は悪く無い」から「変わるべきなのは他」と思い、このままでいいと思ってしまうものです。
つまり会社サイドも、社員サイドも「自分は悪く無い」と思っている限り「何も改善されない。」し、相手に「何も伝えられない」となり「知識」が「伝わらない」となるわけです。
それが、一番の問題なのでは無いのかなと思うわけです。
その「自分は悪く無い」という意識が無くなり「問題」と「その原因」について客観的に向き合えるようになって、はじめて、具体的な事例、問題解決手段等が生きてくるのでは無いのかなぁと考えるわけです。