カテゴリー: 思考

楽しくないといけないなんて、もったいない

「いかに勉強が大切か。」 ではなく、 「いかに勉強は楽しいか。」 モチベーション第一主義 楽しいからモチベーションが上がるのではなく、その行動(今回の場合は勉強)に納得するからモチベーションが上がるのではなでしょうか。納得するから動機が生まれる。 楽しさで獲得したモチベーションは一時的な逃避でしかないような気がします …

自分を正当化するための反論で自分の正当性を失うのは勿体ない

自分の意見が批判された時、その批判に対して反論するために自分の意見を若干ねじ曲げて迎合してまで(もちろん正当性を保ったままの反論については今回のケースとは関係ない)、他人に対して自分の意見の正当性をアピールすることで自分自身の正当性を失ってはいない?滑稽だとは思わない?

決めるのはいつだってただ一人

みんなで決めましょう。なんて言っていたらいつまでも決まらない。 みんなで決めましょう。なんて言っていても決めるのは決定権を持つもののみだ。 みんなの意見を聞くのは良い。 みんなの意見に影響を受けるのはよい。 でも自分が思う芯となる部分が揺らいではいけない。

発言者の視点で考えた場合、できるだけ発言の内容に伴った自分でいたほうが受け入れてもらえる可能性が高い

受け手の大半は結局のところ、発言の内容と発言者自身の情報を分けて考えられない事が多いので、もし発言の内容を受け入れて貰いたいのであれば、できるだけそれに伴った自分でいるか、そう思われるような情報の発信をしておいた方が、望んだ結果になる可能性が高い。

受け手の視点で考えた場合、発言の内容と発言者自身の情報は分けて考えるべきである

発言の内容が、受け手にとって正しかったり意味があったりするのに、発言者自身が発言の内容と伴っていない場合、素直に発言の内容を受け取れない受け手を見る機会が結構多い。 たとえば、たまたま遅刻した日に、たまたま遅刻ばっかりしている人が間に合ってて、「遅刻したらだめじゃん。」と言われた場合、「遅刻ばっかりしている人」という …

「知らない」という事は恥ずかしいことではない

「知らない」 という状態は恥ずかしいことではない。 「知らない」を知っているのであれば、それを知れば良いのだ。 恥ずかしいのは、 「知らない」を知っているのに知ろうとしないこと。 そして、人の「知らない」状態を囃し立てる行為だ。

努力とは体を動かすことではない

努力とは体を動かすことではない。 頭を働かせることだ。 その結果体を動かすことになる事はあると思うが。 筋トレだって、頭を働かせて適切なカリキュラムに基づいて実施して初めて効果が出る。 頭を使わないで、とりあえず、適当に体を動かしておくのって、努力しているという誤解に基づいた実感があって手っ取り早くて気持ちよいのかも …

風邪とマスク

風邪がなおりかけて、だいぶ楽になるとマスクを外してしまう人をよく見るのだけれど・・・ ちょっと待ってほしい。 昔から、 「人にうつして治す。」 というが、それは「治る頃が一番うつりやすい。」から、そのように見えるだけなのだ。 つまり風邪はなおりかけが一番、人にうつしやすい時なんだから、

re:簡単になるのはいいことなのか? at 何となく Blog by Jitta

中途半端にコメントするには、長くなってしまったので、記事としてレスします。 >> >簡単になるのって、本当にいいことなのですか? >> 誰にとってですか? > 誰にとっても、です。あるいは、大局として、です。個々の事象が好ましい状況になることは、そのためにするのですから …