まだまだと思える
まだまだと思える。 ずっと、まだまだと思っていたい。 まだまだ、もっともっと。 好奇心は無限大。 想像力は無限大。 昨日よりも今日。 今日よりも明日。 肩の力を抜きつつ。 刺激を受けつつ。 がんばっていない状態のレベルを上げていきたい。
まだまだと思える。 ずっと、まだまだと思っていたい。 まだまだ、もっともっと。 好奇心は無限大。 想像力は無限大。 昨日よりも今日。 今日よりも明日。 肩の力を抜きつつ。 刺激を受けつつ。 がんばっていない状態のレベルを上げていきたい。
新しいとか古いとかは、どうでもいい。 良いモノは取り込む。 そこに新旧の判断は介在しない。
うーん。誤解されまくっているようで釈然としないけど、僕の言い方が悪かったんだろうし(相手の日本語に対するリテラシのレベルを読み違えた。)、終結に向かっているようなので、ポストするのは止めておこう・・・。 言いたいこととしては・・・ コミュニケーションは
・喫煙所で仕事の話をする。 これは、勘弁して欲しい。 煙草を吸うあなたは進んで健康を害しているわけだから良いとして、周囲の人達の健康まで一緒に阻害されたら溜まったもんじゃない。 まぁ、周囲にそういう人がいないから最近はそういう事にも出会っていませんが・・・。
以前、「安全側の視点に立て」と言った意味のエントリをしましたが、あれはかなり表層的な話でしかなく、もっと根本的な話をするとすれば、列車事故が起きたときに単純に社会的に 「叱られなければちょっとくらい。罰せられなければちょっとくらい。」 と、普通に思っている状況が原因の根本にあるのではないかと思いました。
春という事もあり、最近、技術系掲示板には「教えて君」の花が満開だ。 夏には散るのだろうか。 彼らの行動を見ているとまるで多重債務者のように見える。 多重債務者が、借りてきたお金を、借りてきたものであると理解できない状態に陥っているように、「教えて君」は教えてもらった知識(債務)を蓄積できないまま適用し、結局自分の力に …
「知る」ということは可能性が広がるという事だ。 一つ知れば、一つ道が出来る。 今まで最善だと思っていたことが平凡になり、新しい最善が作られる。 見えなかったモノが見えるようになるかもしれない。 精一杯だった自分に余力が出来るかもしれない。 だから常に「知る」努力を怠ってはいけない。
法令遵守という意味なのだが、改めて言わなくても法律を守るという事は法治国家において当たり前の事である。 今、コンプライアンスという言葉が頻繁に出てくるようになってきたと言うことは、今までの企業のモラルが低かったという事の裏返しなのかなと思う。
難解な言葉を多用して難解な言い回しで難解な文章よりも、平易な言葉でシンプルな分かり易い文章の方が伝達能力という点に置いては有効。 難解になればなるほど、受け手が、その言葉を知っていなくてはいけないし、その言い回しを理解できなくてはいけないという条件が追加されるので、伝達する相手を絞りたいという用途の場合は有効。
最近、悩みの種類が変わった。 最近というか、結婚してからだろうか。 独身時代は悩みの種類がある意味、刹那的であったり、漠然としていたりしていたのだが、最近はまぁ、漠然とはしていても、生活に直結した悩みになっている気がする。 現実的な分だけ、解も得やすく、昔の「悩み」とは明らかに違う。